ずっと長いこと、TVドラマに縁がない生活が一変しました。
わたしは普段、制作作業を夜に充てているので、
リアルタイムでTVドラマを観ることは稀なのですが、
オンデマンドで昔の作品が24時間楽しめるようになって、
今年は特に、たくさんのドラマを観る機会ができました。
ある日、わたしの好みをよく知ってくれている友人が面白いドラマを勧めてくれました。
「アンナチュラル」という、
法医学の現場が舞台の連続ドラマです。
解剖によって明らかになる不自然死の謎、
表に出なかった、事件の真相が語られるドラマです。
すごくよくできていました。
ストーリーも俳優さんも映像の作り方もカッコよかった。
だけどいちばんの魅力は、
俳優さんが演じるそれぞれのキャラクターの台詞表現でした。
それがまた、いかにもクセある感を狙ってるのではなく、
とても自然で、でも新しい響きで空気を作っていくのです!
とにかく何気ない言葉を
この場面でこの人物が言うとこうなるかー!!を何度も味わいました。
この面白さはなんだろう?
聞き慣れた言葉が新しく感じるのはなぜ??
そして気づいたのです。
これって、「編集」じゃないか。
例えば、凝ったセリフや今風の言い回しを使った「新しさ」もある。
だけどこのドラマでは、
普段日常で使うよくある言葉が、
今まで聞いたことのないリズムだったり間合いだったり温度だったりする「新しさ」なのです。
つまり代役の効かない、
その人でしか成り立たない表現になっているのです。
例えばデザイン表現の方法として、
新しいフォントを使うことは当然「新しい」。
だけどオーソドックスなゴシックや明朝を、
大きさをバラバラにしたり、字間を空けたり、
手書きでなぞったりバランスをあえて崩したり、
形を変えて使うことも「新しさ」です。
すでにあるものを新しく見せる。
それが編集するってことじゃないだろうか。
素材と向き合い、良さを活かし、自分なりにアレンジする。
そうすることで、他にはない真似できないものに生まれ変わる。
お料理や、音楽や、ファッションの世界も然り。
新しいモノは、生まれた瞬間からどんどん古くなる。
「流行」とか「主流」とかいう言葉に乗って、
みんなが使い、みんなが知ってるモノになる。
新しいものを取り入れることは必要だし素晴らしいことだけれど、
それを追い求めてばかりいると、
新しいものを使うことが「新しい」ことだと錯覚してしまうような気がするのです。
何を使うか、ではなく、どう使うか。
「新しい」ものを使うより、
「新しさ」を自分で作る方がわたしは好きです。
そしてそういうものにこそ、
この人らしいよね、が現れている気がするのです。
世の中の魅力溢れるものたちはみんな、
心をギュッと掴む編集が施されている!!
まぁとにかく、
ぜひ一度観ていただきたいなぁ。
市川実日子さんの「はい喜んで!!」と、
松重豊さんの「え!そうなの?!」と、
窪田正孝さんの「食べましょうー!!」は絶品!!!